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東京地方裁判所 平成2年(特わ)1896号 判決

本籍

東京都杉並区天沼三丁目二六番

住居

同都世田谷区上祖師谷一丁目二七番地一 小林和枝方

会社役員

小林泰輔

昭和一二年一二月二六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官西村逸夫、弁護人島田種次、鈴木善和各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金七〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、理化学用硝子器具の製造・販売会社の代表取締役をしていたものであるところ、共同して会社経営にあたっていた税理士が、偶々取引先銀行の融資担当者から仕手株情報を得て、被告人に株式売買を大量に行うことを勧め、同時に所得税を免れるため株式取引を他人名義で行って課税要件を免れる方法を教示した。そこで、被告人は、営利を目的として継続的に株式売買を行うとともに、自己に対する所得税を免れようと企て、家族名義等で株式売買をして株式売買益を一切秘匿した上、昭和六二年分の実際総所得金額が六億一五五九万一五一九円(別紙1の修正損金計算書参照)であったのにもかかわらず、昭和六三年三月八日、当時の住所地を管轄する東京都杉並区天沼三丁目一九番一四号荻窪税務署において、同税務署長に対し、同六二年分の総所得金額が一一二三万円でこれに対する所得税額は既に源泉徴収された税額を控除すると一八万九八二〇円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(平成三年押第二七号の10)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、昭和六二年分の正規の所得税額三億五八八万三一〇〇円と右還付税額との合計三億五九〇二万二九〇〇円(別紙2の脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する各供述調書(平成二年一一月一三日付(二枚綴りのもの)を除く六通)

一  第三回公判調書中の分離前の相被告人松尾治樹の供述部分

一  分離前の相被告人松尾治樹の検察官に対する平成二年一一月五日付、同月六日付、同月九日付各供述調書

一  小林恭、古屋正孝、上野代和雄、小林和枝の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の有価証券売買益調査書、支払利息調査書、雑費調査書(いずれも被告人に関するもの)

一  大蔵事務官作成の平成二年九月四日付領置てん末書

一  東京都杉並区長作成の戸籍謄本(戸籍の附票の写し添付のもの)

一  押収してある昭和六二年分の所得税確定申告書一袋(平成三年押第二七号の10)

(法令の適用)

被告人の判示所為は所得税法二三八条一項に該当するところ、情状により同条二項を適用した上、懲役刑及び罰金刑を併科し、その所定の刑期及び罰金の範囲内で、被告人を懲役一年六月及び罰金七〇〇〇万円に処することとし、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金四〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の理由)

本件は、株式売買による多額の利益を秘匿して所得税を免れたという事案であるが、脱税額が三億五九〇〇万円余の高額に上っており、脱税率も還付請求をしたため一〇〇パーセントを超えており、また、脱税の動機をみても、幼い頃から苦労を重ねてきたことから、豊かな生活を送りたい将来に備えて資金を蓄えておきたいというもので、そうした蓄財の願いは等しく一般国民の願うところであって、それを脱税の動機として特に酌量することはできない。さらに、所得の秘匿にあたって、当初から計画的に他人名義を用いて株式取引を分散し、株式購入資金や株式売買益についてもあれこれ工作をし、国税局の査察を受けてからも関係人との間で犯行を隠すため打合せを行うなどしている。その上、見逃し得ないのは、脱税した本税のうち未だ一〇〇〇万円が納められただけで、その余の本税・附帯税については納税されておらず、多額に上る国家租税収入の侵害が回復されないことである。

右の各事情に照らすと、被告人の責任は重いというべきである。

一方、本件犯行は、当時共同して会社経営にあたっていた税理士から、株式売買による所得に対する課税を不正に免れる方法や株式購入資金の捻出方法をも教示されたことが発端であり、具体的な秘匿の方法も右税理士の発案によるものであって、被告人自らがあれこれ算段を巡らして脱税工作を始めたものではないこと、被告人は、本件について反省の態度を見せて事実関係を認めるに至り、修正申告をして、未だ未納の税金については、不動産の売却や金融機関からの新規借入れにより、納税資金を調達しようと努める一方で、税務当局に現状を説明して今後の納付計画を明らかにするなど、納税について、誠実に対応し、できる限りの努力を試みていること、一時は経営難に陥った会社を建て直し、事業規模を拡大して業績を上げ、社員から広く信望を得ており、今後は会社経営に専念していくことを誓っていること、家庭の状況等の被告人にとって酌むべき事情が認められる。

以上被告人に有利、不利の各事情及びその他諸般の情状を考慮して、主文のとおり量刑した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 西田眞基 裁判官 渡邉英敬)

別紙1

修正損益計算書

〈省略〉

別紙2

脱税額計算書

〈省略〉

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